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観光情報

角力取山古墳(市指定史蹟)

古墳時代中期の頃の珍しく大きな方墳で相撲の土俵を思わせる大地であるところから角力取山古墳と名づけられ規模から見て地域の豪族のものとわかる。
●大松 ■県指定天然記念物■
古墳上の大松は、樹齢およそ400年風雪に耐え県下で最も大きくしかも樹形の美しいクロマツである。

福山城跡(国指定史蹟)

山手地区の南西にそびえる標高302mの福山は平安時代から山上仏教の「福山寺」があったところで全域にわたって礎石と考えられる石が散見されている。福山城はこの寺院を利用して1335年(建武2)荘兼祐が城をかまえ、翌年新田義貞の武将大井田氏経が攻め落とし、足利直義の大群を迎え撃った福山合戦のあったところ、頂上両端に門の跡と考えられる石積みがある。なお城跡は1936年(昭和11)国の史蹟に指定された。

備中国分尼寺跡(国指定史蹟)

1200年余前、国分寺と共に創建された尼寺の跡である。立派な礎石が20数個残って居り、南大門・中門・金堂・講堂が一直線上に配置された四天王寺方式によって建てられていて、その規模は大和の法隆寺の金堂にも匹敵するほどであった事がわかる。 美しい赤松の林がつくり出す静寂にひたり、しばしいにしえを偲んでみるのもよい。

寺山古墳(市指定史蹟)

古墳時代の中期に築かれた前方後円墳で、全長160mもあったと云われているが、後円部は破壊されて今は前方部のみであるが、その姿はなお美しい。

幸山城跡(市指定史蹟)

標高約160mの幸山には戦国時代(約400年前)幸山城があり、城主石川氏は代々備中護代をして権勢を誇っていたが1575年(天正3)春備中高梁松山城に加勢におもむき毛利の大群と戦って破れ、時の城主石川久式は山手の地に逃れ帰って自害、それより幸山城は廃城となる。城跡は自然の岩石がそそり立ちわずかに本丸跡と見られるところに土畳みの根石などをとどめるのみである。

郷土館

この屋敷は江戸末期に建築され、友野桂輔氏の所有であったが、屋敷560m² 、建造物307m² を旧山手村が土地、家屋共に買収して郷土館としたもので旧山陽街道に面して友野家は「岡本屋」と商号し種油業を営んでいた、山手地区では富豪の家であった。主屋は入母屋その他は切妻で主屋の奧へ炊事場、離れ1棟(2階建4間)、土蔵2棟(2階建)納屋等がある。室内には、山手地区の江戸、明治、大正、昭和時代と移りかわりの生活用品が陳列してある。

道満塚古墳(市指定史蹟)

地頭片山の谷間にある、古墳時代最後の横穴式石室古墳である。石室の奥行は5mもあって山手地区内では最も大きい円墳で、この地域に住んだ氏族の首長を葬った塚であろう。

御崎宮

御崎宮は三座の磐境(いわさか)の神を祀るので本殿は三戸前の扉で作られ、祭日を三日にわたって行い供物も三膳同様の供えをすると云われる。周囲に堀をめぐらし斧えつを入れぬ林の備えは城廊の構えというなど神社としてまれに見る荘厳荘重な神社である。

吉備考古館(国指定史蹟)

地方では最も早く設置された資料館である。館内には縄文土器、弥生土器、陶棺、直刀、石斧等の出土品が陳列、いずれも吉備路を中心とした地域に出土したもので古代吉備文化に興味を持つ人達に貴重な手がかりを与えてくれる。

三宅酒造資料館

昔の酒造りの道具が展示してあり、酒造りの歴史を語ってくれます。古い道具の一つ一つから、かつて酒造りに精魂を傾けた蔵人舘の息づかいが伝わってきます。

作原の大椋(むく)(昭和41年市指定天然記念物)

椋と祠と立て看板。
近くで見るとすごい迫力!
古くは、松山街道を行き来する旅人の目標木として有名であった。
昭和10年に行われた調査では、周囲9.5m・樹齢700年と紹介されている。
昭和31年、台風により一部欠損したため、目通り周囲7.5mとなっているが、未だ健在である。
大きなうろの中に祠(ほこら)が祀られてあるのが珍しい。県下第一級の大樹である。 

草田八幡神社社叢 (市指定)

草田八幡神社の社叢。
大きな杉の木が目印です。
境内には、樅(もみ)の大木がひときわ異彩を放つ。
目通り6.0m、根廻り8.5m、樹高40mに達する。県下最大の偉容を誇る。
さらに、杉の大木・槁(けやき)・椛(もみじ)・山椿と続く樹林は、実に見事である。

下倉(したぐら)八幡神社境内

下倉八幡神社の社叢。手前の大樹は椨、奥が大杉。
境内は杉の大樹により、うっそうとして見事である。
目通り3.0m以上のものが10本ほど林立している。
境内には、目通り3.6mの椨(たぶ=犬クス)の大木がある。 

美袋(みなぎ)八幡神社

美袋八幡神社。
真ん中の大樹は、県下第1位の羅漢槙!
境内には見事な羅漢槙(らかんまき)の大樹がある。目通りが2.8mあって、この種の樹木としては、県下第一位の名木であるとされている。
この他にも、楠(くすのき)、銀杏(いちょう)の大樹が健在である。また、珍木として苣(ちしゃ)の木が楽しい。

水内(みのち)八幡の森(県指定郷土記念物)

推定樹齢300年以上になる椎(しい)、粗樫(あらかし)、藪椿(やぶつばき)等が100本近く混生して、原生林の面影をよく残している。特に椎の木の巨木群生地としても、貴重な樹林である。
この付近には、水田が階段のように段になる「棚田(たなだ)」が広がっていることで有名。
以前は最大で12町歩・約450枚の棚田が広がっていたが、最近の圃場整理により70枚程度に減ってしまった。しかし、このように大規模な棚田は、他ではなかなか見られない。
水内八幡神社の森。入口は椎の群生林です。真ん中の白い看板は、県指定記念物であることを示す看板です。
平成5年に撮影された棚田。今ではかなり少なくなりました。左端にある小さな山が、水内八幡の森です。

しおかけの滝 水内

年中枯れないしおかけの滝
長さ25m余りの一枚岩を流れ落ちる滝である。水量はさして多くないが、年中枯れることがない。「しおかけ」とは、数万年前までこの付近が海で、潮が差していたという名残りという説があるが、定かではない。「塩垣」というのが本当の地名である。

滝山の鹿子(かご)の木(市指定)

滝山の鹿子の木。人と比較してみてください!
鹿子の木はクスノキ科に属する。なめらかな幹の樹皮が次第に、鹿の子模様になっていくことから、この名がついた。推定樹齢は600年と言われている。
実測が困難な地形にあるが、文句なく県下第一位の巨木である。
全国的にも屈指の大樹である。今のところこれより大きな木は確認できていない。 

観音供養塔

観音供養塔。
総社市内最大です。
明和3(1766)年建立の石碑。塔身3m・横1.5m・厚さ46cm台座があるが、当時どのように、どこから運んできたかはわからない。
交通の不便なところにある。総社市内では最も大きい供養塔である。

下馬石(げばいし)(俗称、中世水内庄の栄えた当時の遺跡か) 影土居

影土居の下馬石。
殿様目隠し石とも言われます。
由緒等によると、文和2(1353)年、備中守細川阿波入道満之が設立した後、天竜寺開山・夢窓疎石の高弟であった黙翁和尚が請して開山したと伝えられており
「華蔵院宮下向」として伝承されている。
別名・殿様目隠し石(名前の由来は不明)。影土居の道べりに不意にある。

華蔵院・四世高先(こうせん)和尚の墓石 (無縫塔一基、総社市指定) 水内影

無縫塔と隣にたたずむ椨。
石灰岩製で、基礎・竿・中台・請花塔身(※)に分かれた全高0.8mの墓石。
八角の中台表面に「高先和尚」、裏面に「明応9(=1500)年11月19日」の刻字がある。
在銘墓石は珍しい。すぐ近くに椨の大木が1本ある。
※請花(うけばな)=蓮華(れんげ)形の装飾の一種

高間熊野神社の森(郷土記念物指定)

高間熊野神社。
県指定の郷土記念物になっています。
どんな種類の木があるのかな?
神社の主木は椨の木。平成3(1991)年9月27日の突風により、古木が著しく折損し、境内は淋しくなった。しかし、地続きの道下には県下5指に入る椨の大樹が2本、部落内にも大小10数本がある。
社叢は椨や樅、裏白樫など高低木が多数ある。特に沿岸地に多い植生である椨の木は、海抜面から分布する上限に近い。この健全な状態は、学術的にも貴重な樹林である。

大蔵(おおぞう)神社

子孫繁栄・乳痛・腹痛神として有名。ここにも大樹が見られる。 春秋2回の大祭には、倉敷・矢掛・高梁方面から参詣者が多数あり、賑わいを見せる。

高間キャンプ場

総社市の北西部にあり、標高約500mの高台に拡がる。夏でも、夜半になると風が吹き抜けるため、温度が急激に下がり、冷涼で過ごしやすい。 総社市が収容人員200人程度のキャンプ場として整備。小学生・中学生や家族連れのキャンパーで賑わう。 総社市・商工会・観光協会は地元の協力を得て、幼児・小学生を対象にした「高間やまびこ祭り」を開催する。開催日は7月20日の「海の日」である。

大山祇神社(県指定郷土記念物)槁

大山祇神社の大公孫樹。
目通り3.70m、根廻5.50m、樹齢350年、高さ20m!
建仁元(1201)年、大三島神社より山神宮として勧請される。市指定の大杉があったが、カイガラ虫による虫害によってやむなく伐採された。少し淋しくなったが、椨・槁(けやき)・公孫樹(いちょう)など、見るべき大樹はまだ多く残されている。
近くの槁大倉神社にも、県下最大級の偉容を誇る赤松の大樹があったが、やはり虫害のため、数年前伐採された。 

延原御前(おんざき)神社の樹林(県指定郷土記念物)

延原御前神社の樹林。ふるさとの宝物です。
この神社の樹林は、鳥居前から境内にかけて大小60本の赤樫が林立し、 県下でも最大規模の赤樫優占樹林で、環境庁の特別群落にもなっている。 赤樫はブナ科の常緑高木であり、暖帯に多い。
椨の木が2本あり、うち1本は昭和10年の天然記念物調査時、 第7位にあたる大木と記録されている。 

水内(みのち)河原

左が水内河原。
その奥が大渡城址、手前右が山本城址。
水内河原は、県下最大の河川敷(河原)である。幼稚園児から高校生まで幅広く訪れ、バスは年間500台以上やって来ている。特に夏場には、キャンプテントが見られない日が珍しいくらいの賑わいぶりを示している。
開放された自然の中で、高梁川の清流に遊び、魚釣り、珍しい採石を楽しむなど、河原は訪れる者に無限に拡がる夢と自由を満喫させてくれる。 

軽部神社

延宝6年(1678)建設。昔境内には樹齢400年の「垂乳根桜」と呼ばれる、みごとな枝垂れ桜があったことから、乳神様として詣でる人が多くなったとか。母乳の出を願う「おっぱい絵馬」で有名です。

ふれあい広場

子供からお年寄りまで、豊かな自然の中で楽しめる公園。アスレチック遊具のある「自遊広場」や水辺の遊び場「遊水広場」、大人にはテニスコート、グラウンドゴルフコースなど盛りだくさん。

水辺の楽校

川辺橋北、高梁川沿いにある水辺の楽校。年間とを通じて「水」に関するイベントが続く。特に夏の清流まつりではいかだパフォーマンスやあゆとうなぎのつかみどりなど、体験型の新しいスポットとなっている。
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